つながるために生まれた

ジンパ博士の「コンパッション」を読む、

シリーズでお送りしています。

私たち人間の本性は利己的なのか利他的なのか?

これに関しては、ダーウィンの進化論によると、人類の基本的性質は利己的で競争を好むものだという考え方であり、それが西洋的な考え方の主流を占めてきました。

このような考え方からすれば、「利他的行動は不合理で、そんなことをすると致命傷となりかねない。悪く言えば、利他主義者は偽善者か自己欺瞞」だとみなされました。

しかし、「コンパッション」の本の中で、「今日、人の本質は利己的だという考えはシンプル過ぎるという見解が科学の分野でも広く認知されるようになってきて」いるという科学的な根拠が明らかにされています。

なぜなら、人の進化の過程で、競争だけでは生き延びるのには不十分で、人類は協力しなければ生き延びることができなかったからです。

そして、共感の科学から次のようなことが明らかになってきました。

「人類発祥以前の類人猿から子供の発達心理学まで、神経科学から神経経済学(神経科学の手法で経済活動を解析する経済学の一分野)までが示すのは、人は共感を動機として行動するということだ。

その共感によって、私たちは自然と思いやり、他人のことも自分のことのように感じて行動するということが自然と生まれてきます。

ジンパ博士は次のような例を紹介しています。

アメリカの教育家でテレビのホスト、フレッド・ロジャースがかつてこう言った。「私が子供の頃怖いニュースを見ると母が決まってこう言った。助けてくれる人を探してごらん。必ず助けてくれる人が現れるよ』と。」

「2013年のボストンマラソン爆弾テロ事件で、テレビのニュースキャ
スターがこの話に言及し、こんな風に続けた。『そういう人々がボストンにもいました。傍観者の中から悍(おぞ)ましい現場に割って入り、犠牲者を助けようとしています。よく見れば、いつでも大なり小なり手を差し伸べる人々がいます。それは私たちが生まれながらに持っている本能です。』

ニュースなどでも、溺れそうになっている人がいれば、自分の命を顧みず助けようとした人々、線路に落ちた人を助けようとした人たちの武勇伝がニュースになっていたりします。

不幸にも、助けようとした人が助からなかったということもありますが、その人は、そのように危機に陥っている人を見て、自らの命の危険も顧みず、助けようとしたのです。

ある時期、利己的遺伝子ということが話題となり、私たちはその利己的遺伝子を残すために行動しているとさえ言われたりしましたが、人間というのは、そんなに単純な生物でもない、ということも明らかになってきています。

ジンパ博士は言います。コンパッションの種は誰もが持っているものであるから、それを育て育むことで、誰もがコンパッションの達人になれる、と。

「ペンパ叔父は聖人ではない。他のすべての人々同様、彼も他人の痛みが分かり、他人に気づかう能力を持って生まれた人だった。

マザー・テレサやダライ・ラマのように、並外れて大きな慈悲心を持った人々は私たちとは違う人種のように感じられるかもしれないが、彼らとて同じ人間だ。

慈悲の本能とは、目の色の違いのような生得的なものというより新しい外国語のようなものだ。私たち全員がシェイクスピアのような言葉の達人にはなれないが、繰り返し言葉に触れ、訓練を積めば自分なりの達人になれる。

マザー・テレサやダライ・ラマがコンパッションの達人になったのは、
彼らが努力したからだ。コンパッションの種は私たち全員に備わっている。

それでは、また。

OAU

えたに